FESTA BLOG再開。ヨーヨーの歴史(前編)

大変お待たせしました。
心機一転し、FESTA BLOGを再開致します!
 
内容としては、FESTAに関する事はもちろん。
ヨーヨーに関することに幅広く焦点をあてて、コラムとして発信していければと思います。
 
FESTAにはたくさんの若いプレーヤーが遊びにきてくれるので、昔の事も知ってもらいたいと思い…ヨーヨーの歴史を紹介させていただきます!
それでは、復活1回目の記事、いきたいと思います!!
 
 
皆さんが、何気なく遊んでいるヨーヨーですが、最初はこんなに高性能な物でもなく、また遊び方もシンプルな物でした。
 
歴史をさかのぼること1920年。
フィリピンの青年ペドロ・フローレスさんという人物がアメリカで販売しだしたのが流行のきっかけです。
なんと手で削って生産を行い、本人の手売りでコツコツと売られていたのが今のヨーヨーの始まりだそうです。
しかも空転するタイプではなく、昔ながらのおもちゃとして知られるヨーヨーと同じ。上げ下げだけのみを行うタイプです。
 
ペドロさんの小さな小さな活動が実を結び、投資者が現れて会社化するまでに至ったのです。
会社はその後にとある人物…ドナルド・F・ダンカンさんが買収しました。
あの有名な老舗ヨーヨーブランド「DUNCAN」の誕生です。

 
この時に宣伝のためのプロモーションという手法の雛形が作られました。
こういったプロモーションの効果もあってか、1950-1960年代にはアメリカでブームが起きたという記録が残っています。
今では考えられませんが、学校内で大会が行われたりもしたそうです。

 
また、DUNCAN社との関係性はわかりませんが、この間に第1回と記録される「ヨーヨーの世界大会」も開催されています(1932年ロンドンにて)

 
 
日本でも幾度となくブームが起き、特に80年のブーム(コカコーラヨーヨーとスケバン刑事)はヨーヨーの歴史の中でも有名ではないでしょうか。

 
このブーム体験者の子供がちょうど大人になったぐらいのころでしょうか。
皆がよく知る、あのハイパーヨーヨー時代が到来しました。(1997~)
 
この時代のヨーヨーは、「中村名人」と「アレックス ガルシア」という2人のスーパースターの起用と、
当時の子供がかっこいいと思えるストリート感あふれるプロモーションがマッチし、爆発的に普及。
二度と起きないかもしれない、社会現象として記録されています。

 
当時は本当にヨーヨーが買えず、最新機種はすぐに売り切れてしまい入荷待ちという状態。
手に入れるためにおもちゃ屋を走り回ったのが懐かしいです。

 
このブーム時から、ブレインやレイダーなど、飛躍的な進化を遂げたヨーヨーが登場し、トリックの幅が一気に広がりました。
※ブレイン自体は1980年代には誕生していたようです。

 
過去最大と言われるハワイでの世界大会開催や、THP-Jといった自国のプロメンバーを生み出すまでに至ったこのブームですが、
残念ながら2000年には沈静化し、一気にプレーヤーがいなくなってしまいました。

 
 
この後に、今の業界の原点となる大会の始まりや、
さらに進化を遂げたヨーヨー(金属リムやフルメタル)の登場があります。
次回記事では、そのあたりの歴史を追ってみたいと思います。
 
 
こうして歴史を追ってみると、ヨーヨー自体が商品として大きく世に出回ってからまだ100年経ってないぐらいで、
急激な進化を遂げたのが、つい最近だったというのが面白いですね。